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広く活用される文化財 〜八幡山の洋館〜


 平塚市役所の近く、八幡山公園の敷地内にある写真の建物。既にご存知の方も多いとは思いますが、「何だろう?」と、気になっていた方もいらっしゃるのでは?優雅な佇まいで、訪れる人の気分を異国へと誘ってくれるこちらの建造物は、名称を旧横浜ゴム平塚製造所記念館(愛称:八幡山の洋館)といい、登録有形文化財(建造物)として国に登録された神奈川県内でも数少ない明治時代の洋風建造物です。今回、その魅力に迫ろうと、八幡山の洋館の館長を務める土井浩さんにお話しを伺ってまいりました。
 
~西洋館の歴史~
 なぜこちらの洋館が平塚に建てられたかという歴史を紐解くと、話は明治時代、日露戦争まで遡ります。日本海軍が使用していた火薬(砲用発射無煙火薬)の全ては、当時、日本と同盟関係にあった英国からの輸入に依存していました。戦後、日本国内では無煙火薬国産化の必要性が痛感され、国内に火薬製造所を新設すべき、との議論が海軍内部にわき起こります。そこで、広大な敷地があり、交通の利便性が良いこと。加えて相模川や、金目川に囲まれ、良質な地下水が確保できたこと。そして軍都横須賀に近いこと。などの理由により、平塚が火薬製造所建設の地に選ばれたのです。 
 そして明治38年12月、日本火薬製造株式会社が、日英同盟のもと日本海軍とアームストロング社、チルウォース社、ノーベル社の英国三社の合併会社として本社ロンドン、支店平塚として成立されました。そんな背景のもと本建物は、英国人支配人の執務室、あるいは住居として建築された、といわれています。
 戦後は、米軍により接収され、昭和25年、横浜ゴム株式会社が本建物を含む一部敷地の払い下げを受け、主に応接室や会議室として利用されました。 
 平成16年、本建物は横浜ゴム株式会社より平塚市へ無償贈与され、八幡山公園に移築され、今後の保存と活用のため復元されたのです。

~活用される文化財~
 現在、記念館は事前に利用するための団体登録を済ませば、安価な使用料で施設を使うことが可能です。様々な団体が登録をしており、幅広く活用されていますが、特に音楽関係者から評判が良く、市内はもちろん、横浜など市外からわざわざ通う団体もあるそう。というのも、雰囲気の良さはもちろん、天井が高いため、音が良く響き、まさに音楽の演奏会にはうってつけなのです。取材当日もちょうどミニコンサートが行われており、麗しいバイオリンの旋律に耳を傾ける人で溢れていました。情緒溢れるインテリアの中、バイオリンの音色に耳を奪われ、心はしばし異国へと‥‥。
 「利用者は小学生からお年寄りの方まで、本当に幅広く利用してもらっています」。という館長の声で現実に戻る記者。「将来的に、ここが文化・芸術の拠点となってゆくかもしれませんね」と、館長は言葉を続けて下さいました。 

   文化財でありながら、一般に活用されているというのはとても珍しいのでは?という問いに「平塚初ですからね。本来は、建物の価値を次世代に伝えてゆくために、守ってゆかなければならないのが文化財。なので、活用してゆくということは、相反することをやっているわけですからね」。と、館長。確かに貴重な文化財なので、マナーや、施設の利用には気を使いたいものです。最後に、「文化財であるということを念頭に置いて、利用していただきたいですね。運営は難しいです。しかし市民の皆さんと一緒に学んでいって、より良い使い方を探してゆきたいです。皆さんにたくさん使って頂ければ嬉しいですから」。と笑顔で語ってくれました。  
 人々の交流の場でもあり、平塚のランドマークとしての役割を果たす記念館。今後とも、市民の皆さんによって、よりよい活用の仕方が話し合われれば、記念館は歴史に守られるだけのものでなく、これからも文化を発信する貴重な文化財として、ますます平塚にとってなくてはならないシンボルになるでしょう。
(ひらばん/記)


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